今日のケーアイ

つぶやく

2020年05月07日 | 今日のケーアイ, つぶやきしぶちん


「はばにゃん」
 
僕は母の事を子供の頃は「はばにゃん」と呼んでいた。
去る4月18日に母が天国へ旅立ちました。
89歳でした。
 
ママとは呼ばず、おかあさんでは照れ臭く「はばにゃん」とあだ名で呼んでいたのです。
僕にとっては優しく美しい母でした。
絵画鑑賞が好きで美術館には良く一緒に行きました。
染色や生け花、革細工、俳句と趣味が多くどれも先生になれるほど極めていた。
頭が良くて料理も上手だった。
僕が小さい頃、母が作るドーナツが嬉しくて。
明るく良く笑う人だった。
だから僕は母を笑わせるのが大好きでした。
 
4~5年前から体調が悪くなり精神的にも弱り始めてしまいました。
昨年には悪性リンパを患い年末になんとか退院したですが4月上旬から
急に体調が悪くなってしまいました。
 
体調を崩してから「今夜かも知れません」と連絡受け見舞いに行くも
今のコロナ感染予防にて特別に許可をもらい短時間、見舞うだけの状態でした。
 
マスクを付けほぼ意識の無い状態でした。
その息苦しい様子を見て家に帰るのですが寝ようとすると僕も息苦しくなり
なかなか寝付けない日が続きました。
 
18日、夜、妻と見舞いに行きました。
夜勤の看護師さんが「この状態ですと今夜かも知れませんし、私の母親もそうでしたが
2~3日頑張るかも知れませんね」と聞く。
全く意識がありませんでしたが二人で声をかける。
短時間の見舞いを終え帰った。
 
少しすると電話があり「今、息を引き取りました」と連絡を受けました。
見舞いの時間が1時間ずれていれば看取れたと思うと辛くなりました。
それでも逝くほんの少し前に声を掛けれたのだからと自分に言い聞かせる。
 
葬儀屋さんを呼んでもらいロビーで打合せをする。
しばらくすると綺麗な布団に包まれた母が運ばれて来て車に載せられる。
それを二人で見送った。
家に帰れたのが夜中の1時を過ぎていた。
何故かその日は息苦しさが無く僕は深い眠りにつきました。
 
翌日は葬儀の打ち合わせでしたが終わってから仕事
20日は通夜まで仕事をし翌日は葬儀が終わってから仕事に戻りました。
忙しい時期でもありましたが忙しくする事で何かを考えないようにしている僕がいました。
そしてそれは今も続いていて。
母との思い出はこれからゆっくりゆっくり時間をかけて想うことになりそうです。
 
月並みですが何も出来なかった。
心配ばかりかけていた。
後悔だけが残ります。
 
昭和の時代の母親でした。
父の仕事の関係で引っ越しを繰り返し全国を転々とした。
亭主関白バリバリで食通の口煩い父を納得させる料理をいつも一生懸命作っていた母。
 
出来の悪い僕をいつも守ってもくれましたね。
いつも心配してくれていました。
 
天国で一番幸せだったあの頃に戻って楽しく笑って過ごして下さい。
 
はばにゃん、ありがとう。
 
しぶちん
 
誠に勝手ながら 葬儀は故人の遺志により近親者のみ家族葬にて執り行いました。
御香典 御供え物につきましても 故人の遺志によりご辞退申し上げます。




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