つぶやきしぶちん

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2012年03月06日 | つぶやきしぶちん


北海道初のエッチャー

昨年の夏、僕の叔父が天国へ行きました。
僕の父親は二人兄弟でしたので父方の唯一の叔父さんでした。

版画家の叔父は幼い頃から僕をとても可愛がってくれた。
僕が絵の道を志していた頃は熱心に応援もしてくれた。
穏やかだが頑固なところもあった叔父であります。

そして、、、とても繊細な人でした。

僕の結婚式にはわざわざ札幌から東京まで来てくれて
暖かいメッセージを話ししてくれました。
先日、式のビデオを妻と久しぶりに見て、叔父のスピーチを改めて聞きました。

若かりし頃の叔父。
深い深いメッセージでした。

僕に渓流釣りの楽しさを教えてくれたのも叔父である。
一時は毎週のように川へ通った。

2人で誰もいない川を釣りあがり、昼には大きな岩に腰を下ろし
一緒にオニギリを食べ昼寝した。

気分がいいと「うーん、うーん」と言う。

青いシャツにベージュのベスト、首にはタオルを巻き
そして登山帽をかぶっている。
僕の少し前を行くあの後ろ姿が今でも目に焼きついています。

ある時期に些細な言葉のすれ違いで、僕は叔父の家を訪ねなく
なってしまった。

今思えば、なんてことのない、そして彼のその時の心境を本当に
察することが出来なかった僕もまだ子供だったのかもしれない。
何か力になれれば、と思う僕自身の気持ちの空回りがあった。

その時期が今では悔やまれる。

最後に病院へ見舞いに行った時、もう話が出来ない状態でした。
目をみながら話しかけると目が「判っているよ」と語っていました。
病室を出る時、振り返ると手の平をこちらに向け、かすかに手を振った。

車の中で涙ぐむ妻に「またお見舞いに行こうね」と話した。
その数日後、叔父は逝った。

本人の希望もあり家族葬でした。

叔父には一人息子がいます。
遅くの子供なので僕より若い従兄弟です。
いつも頼りなく感じていたが立派に喪主をつとめていました。
いつの間にか彼も僕と同じおっさんだった。

彼は叔父さんの願いどおり、今は版画家として頑張っています。
息子を溺愛していたのを知っているので、従兄弟に棺の中に
彼の写真を入れるように促しました。

版画家としても僕は好きな作家の一人でした。
尊敬していました。
大好きでした。

家にも店にも叔父の版画を飾っています。

見るたびに叔父の愛が感じられます。


この度、「大丸藤井セントラル」で叔父の回顧展が行われます。

宜しければお立ち寄り下さい。

                              しぶちん




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