つぶやきしぶちん

さぁー始るよ!

2006年10月10日 | つぶやきしぶちん


新しいカテゴリーですよ。「つぶやきしぶちん」です。私、管理人のつぶやき。。。基本的に愚痴が多いと思われます(笑)が、お暇な方はお付き合い下さい!

            「車屋の親父が車を持てない理由・笑」

以前にも書いたような気がするが。

「管理人さんはプライベートで何乗ってるんですか?」
ってね。良く聞かれるわけで。

えー持ってません(笑)

一応、ボロボロのZXが1台、我が家の下駄車です。

まぁ、全車、自分の車のようで自分のでは無いようなもんでね。
好きな対象を商売にすると寂しいもんだよ。まじで。

たまに、試乗や、車の状態や仕上げの方向性を見極める為に
数日乗ることはあれど、基本的に商品車としての扱いになる訳で。

過去に「これは俺のだ、俺のにする!」宣言をしても
現実的にお店は、まだそこまでの体力が無いのだ。

結局、売らねばならず、涙しながら手放す。
何回かそれを繰り返すうちに、諦めに変わっていった。

10年近く頑張ってるのにだ(笑

まぁ若い頃に比べれば煩悩もおさまりつつあるのでね。
所有欲より、いつまでもこの仕事を続けられれば・・・
に変わっていったような気がします。

より、良い仕事が出来るお店にしたい。
あらゆる作業が出来る店にしたい。

そんな感じです。

まぁ少し、利益が出たとして

社長がベンツだ、ラーフェリ乗ってね、毎晩キャバクラ行ってたら
そんな店、ろくなもんじゃねぇつーの!
(連れてってくれ!W)

何、嬉しそうな顔してアホそうな女乗っけて喜んでんのよ(笑)
こっちが恥ずかしいわ。

まぁ私もお馬鹿ちゃん時代はありましたが、卒業しましたからね。

ただ、そろそろ、古い車を自分なりにコツコツと手を入れながら皆さんと同じように
楽しみとして所有したいと思う今日この頃ではありますな(笑

先日、知っている店が店仕舞するという。

我々のような仕事、この商売って本当に厳しい。

継続していくのは本当に大変だ。

真面目にやってるところは基本的に儲からない。儲かるわけが無い。
でも、なんとかギリでもやって行かないとね。

45歳で、ガキが二人いてさ、同世代の方と年収の話なんて出来ないよ。
二世帯住宅(親父の家ね)に住ませてもらってるからギリで食えてるのが現状。

20年近く使いこんだテレビがようやく壊れた(笑)
奮発して液晶テレビ買ったさ^^
BS見て、綺麗な映像見て、幸せだなぁ~って思うんだ。

でもね、こうやって、好きな車で商売できてさ、ギリでも食えてんだから
これ以上、何も望まない。
服もユニクロでいいのだ(笑

まぁ贅沢していると言えば、時々、美味しいものを皆でワイワイいいながら
食べるのが唯一の贅沢で楽しみですね^^
それでもフランス料理だ、高級寿司だ!って行ってるわけじゃなくてね
安くて(これ基本)美味い店オンリー^^

これからも地道に頑張って行きますね!
皆さん!応援ヨロシク♪

管理人ことしぶちんでした!

あ、明日は定休日ですが、名古屋からお客さんが遊びに来るので
午後から出てます。
宜しければどーぞ^^

以下は某所ではUPしておりました「つぶやき」ですが宜しければ読んで下さい。

                   「ラブレター」 

お店のモップと入り口のマットはダスキンに頼んでいる。
定期的に、おばちゃんが綺麗にした物に交換に来る。

何度か、おばちゃんも入れ替わっていたが
最近は愛想のいいおばちゃんがここ1年くらい
やってきている。
まぁ集金の時、「暑いね」「寒いね」程度は話すが。

今日、交換の日だったようでおばちゃんはいつもの
ように、マットとモップを手際よく交換し
事務所の私の所へ集金に来た。

「2320円です」
「はい、ご苦労様です」

とお金を渡すとおばちゃんはポケットの中から
い1通の封筒を出した。

そして少し恥らいながら

「あの。。。これ見てください。。」と
私に手渡すではありませんか!

ラ・ラ・ラブレター??!!!

かなりびっくりしたのですがw
「あ、はい、、」と受け取り中を見ると
写真が1枚。

写真を見ると「絵」だった。
どこかの展覧会で展示してあるような写真だ。

「あの、私、10年くらい前から絵を描き始めて」
「今回○○展に友人に進められて出品したら
賞を頂けたんです^^」
「○○さん、絵を描かれるから見てもらいたくて」

と。

そう言えば数ヶ月前「お店に飾ってある絵は誰の絵ですか?」
と聞かれた事があったっけ。

おばちゃんは、入選し賞を取った喜びと、こんな絵を
描くのです。ということを私に知って欲しかったようだ。

一瞬ラブレターかと思った自分が可笑しかったが
なんだか、おばちゃんと絵の話が出来るなんて
いいなぁ~と思いその後、いろいろお話をした。
水彩画を描かれているそうだが、心象風景だろうか
綺麗な色彩で俺なんかよりセンスがいいw

「あ、私もう行かなくちゃ」

とおばちゃんは古いモップとマットを抱えて
帰りました。

一瞬モテモテと勘違いしたしぶちんでしたw

今日は寒い。

夕方からストーブつけてます^^;
                     「理由なき反抗」

反抗というか、父を嫌っていた時期があったなと思い。

思春期の頃、反抗してましたねぇ。
まぁ誰でがもそうでしょうがね。
そんな頃の話です。

当時はいろいろな感情があったのだろうが、一番は
仕事の関係で転勤が多かったことだろか。
私も兄も辛い転校を繰り返した。
なので、父の仕事も否定していたのかもしれない。
また、母と喧嘩をする父。
母が可哀相だった。

夜中に酔っ払って帰る。
二人の言い争う声が聞こえ、最後は母の泣き声がいつものことだった。

兄への嫉妬もあったのかもしれない。
兄は父に似て頭が良く、物分りのいいタイプだった。
その頃はどうしても差別されているような気がしてならなかった。

高校生で父から逃られ、飛び上がるほど嬉しかった。
しかし、離れて生活する事、2年目だったか。

一人で暮らす、寂しさ、辛さ、また、授業を半分以上をさぼりまくり
留年の危機でいよいよ煮詰っているころ。
人間関係でもいろいろあった時期でもあった。
自分で選んだ一人暮らし、自ら「やめる」とは口が裂けても言えなかった。

そんなころ。

父から電話があった。

出張でこちらに来るので飯でも食わないかと。

何を言われるのか・・・俺は緊張していた。

梅田で待ち合わせをした。

父はこちらにいた時の馴染み寿司屋に連れてってくれた。

上手いアナゴを食べたのを今でも覚えている。
酒を飲み、初めて語り合った。

まともに話した事なんて無かったのに。
話せるとも、話す事も無いと思っていたのに。

他愛無い話をした。二人で大笑いをした。

怒られると思っていたのに
父は何も怒らなかった。何の指図も無かった。

二人とも酔っ払った。ベロベロだ。
帰り道、二人でタチションをする。可笑しかった。

楽しい時間だった。嬉しかった。

父と私の雪解けだった。

帰り際、駅まで送ってくれ、私の肩をポンと叩き
「頑張れよ」と言った。
涙が溢れそうだったがこらえた。

親父の去っていく背中を見たとたん涙が溢れ出た。

それからだったろうか。学校も朝から行くようになり
人間関係も不思議に良くなった。
そしてなんとか卒業に漕ぎ付けることが出来た。

離れてわかる親の恩(笑)これ本当w
今思うと絶妙なタイミングだったのかもしれない。

あの頃、あのままだったら。。。
あらぬ方向に彷徨っていたのかもしれない。

しかしなぁ

梅田で会った頃の父の年齢は今の俺の歳くらいか。。。
気がつくと俺も いつの間にかおっさんになっていたw

俺もあんなタイミングで子供達へメッセージや
力を送れるだろうか。

その時の父と俺がだぶる。

超えられない山がそこにある。

                       「川」

今朝いつものようにシャッターを開けると、庭いじりしていた父が
「裏の川にサクラマスがいるぞ」と声をかけてきた。

庭の裏に幅1m程の小川があるのですが
とても綺麗で時々ヤマメも見かけます。

一緒に見に行くと見事なマスがいます。
メスは赤く染まり美しい。
近くにオス(いわゆる海に降りないヤマメです)
が数匹いました。

こんな光景は初めてでした。
二人で見ていると長男が
「何いるの?」
と見に来ました。

今度は3人で眺めていました。

そうすろと、数匹いた大きなメスの
うち1匹が、なんと川からばしゃつと
川原に上がってしまいました。

長男は「大変だ」といい、すぐに
川におり、そのマスを拾い上げ
川に戻しました。
「スゲーデケー」
なんて言いながら。

それをニヤニヤしながら
父と見てました。

「そろそろ行くわ」

「あ、おう」

そんな言葉を父と交わしました。

特別な台詞も、特別な事も
照れくささが勝ってなかなか出来ないが。

こんな場面があればそれもいいかな。
と思いました。

またこの先、こんなほのぼのとした時間を
過ごせたらと。

いる間は永遠に続くような錯覚をしてる
だけなのにね。



                  「CROSSROAD」

中学3年生、希望の高校に合格した頃、父の転勤が決まった。
進学した高校は寮は無いので夢の一人暮らしが始った。

思春期の男の子には自由すぎたのでした。
ドロップアウト。辛い3年間だった。
唯一、真面目に取り組んでいたのは絵だった。

子供の頃から絵を描くことが大好きで将来は
絵描きになるんだ!と夢を抱いていた。

西宮の高校を卒業し、絵の勉強をと東京へ。

大学に入ると、才能のある同期や先輩の絵を見て
自分の実力がどれほどのものなのか嫌というほど
知らされたしまった。

それでも、絵を描くことは大好きで、描きまくる日々。
バイトで疲れてようが、徹マン(マージャンね)してようが
デッサン、課題では一番いい場所をとるべく一番に
学校へ通った。

学科の授業ではあらゆる作家の作品を勉強した。
知れば知るほど、私がどう成長しようが頑張ろうが
足元にも及ばない世界があった。

学生時代、メジャーな「会」に出品し入選した。
講師からは「将来有望」のような事を言われたが
他に入選した作品、会員・会友の作品を見てまたショック。

翌年は落選した。

バイトと絵を描くことの繰り返しだった学生時代。

絵で食べるなど、その頃は絵空事とすでに皆わかっていた。

卒業が迫っていたころ
結婚したい相手がいた。生活力が必要だった。

仲間の殆どは就職活動をはじめ、それぞれの道を
模索していた。

私は50号の油絵を風呂敷で包み秋葉原のデザイン会社に
面接に行った。何かしら絵に関われればと思っていた。
馬鹿デカイ絵を担いで面接に訪れた変わった私を社長さんは
気に入ってくれたようだった。
有名美大のデザイン科の卒業生も多数いたのに運良く合格する
ことが出来た。

面接が終わり、絵を担いで帰る。
混んでいる中央線、皆に大きな荷物で迷惑かけまいと
先頭車両に乗る。
走り始めた電車の窓からぼんやり景色を眺めていた。

窓にもたれている自分の顔が映る。
面接の為、髪を切り、ヒゲを剃った自分の顔が映る。
何故だか涙があふれて止まらなかった。

面接の数日前のことだが
結婚を考えていた彼女との長すぎた春も終わっていた。

§写真は23~4年前、アトリエいる私。
           今でもそこの匂いを思い出す。

勤めたデザイン会社は半年で辞めてしまった。
それからは~
またの機会に。


                     「親バカ日記」

昼食をとり、皆でお茶を飲みながらまったりとしていた
時だった。
仕事を一緒にしている19歳の息子がこんな事を言った。

「俺さ、車が売れてないと心配で夜眠れないんだ」と。

「なんでさ?」と私。

「いやさ、この店、潰れちゃったら、俺、働く所無いし」

「読み書きもろくに出来ないし、計算出来ないし
どこも雇ってくれないべ。こんな俺」

・・・・・・・・・・・・

今、思えば、何故、私はこの仕事をしているのか。
もちろん昔から好きだった車に携わって生活出来れば・・
とは漠然と思ってはいたが。

小さい頃から長男は車が好きで、いつもドライブする時、
助手席には彼がいた。
若い頃は、イベントや、サーキット等、飽きずに
参加していた。
そんな時も、必ず連れて行った。
私にしてみれば、家族で唯一、趣味を共有できる仲間のような感じで嬉しかった。

勉強はさっぱりだが、車の名前や部品の名前等、驚く
ほど記憶する。ツーリングに行くと、あまりに詳しい息子に、仲間から「末恐ろしいね○○さんの息子は」と良く言われた。

そのうち、ミニカーやプラモデルを壊しては改造したり、色を塗ったり。ミニ4駆が流行った時はお小遣いを全部つぎ込んでいたようだ。
そして年齢が上がるにつれそれが自転車になり、ラジコンになっていった。

親として、子供が大人になっていく上で一番心配なのは
学歴ではなく、社会に出て、社会に適応しお金をもらって
生活していけるかどうかです。(私の場合は)

私が車商売をし、彼が一緒に働ければ。。。と、いつ頃からか
考えるようになっていた。
彼は定時制高校に通いながら少しづつ私の仕事を手伝い始めた。

そして卒業し、今では完全にうちのスタッフだ。
2年前から、旧知の信頼出来るメカが加わった。ほとんど外注していた仕事が彼の加入で自社で行えるようになり、店は活気に満ちている。
息子にとっても先生が出来たのだから、これほど素晴らしいことはない。いつの間にか整備や機械に関しては私より遥かに詳しくなっていて、一人でも結構な仕事をこなすようになってきた。

本人目の前で褒めることは父親としてなかなか出来ないのだが
興味のある仕事とはいえ、一生懸命頑張り、仕事を覚えてると思う。

一番は車に対する愛情だ。
これはいくら腕があろうが、器用であろうが教えて覚えるものではないからです。どんな車を触っても、自分の車のように大事に思う。うちの店では「それ」が最重要ポイントだ。

私もメカも同じような事を言った。

「○○君は、もうどこでも通用するよ(メカとして)大丈夫、自信を持って」

「技術は財産だからね。だからこの先も沢山覚えて
何でも出来るようになればいいんだよ」

そんな話をしていた。

私は思った。

まだまだ半人前(と申しますかまだヒヨコですね)。
一人前になるまで、お店は潰せないw
息子に信頼出来るスタッフと好きな仕事が出来る喜び。
いつまでも続くようにと私自身も気持ちを引き締める。

商売(自営業)をされてる方は皆同じだと思う。
私も眠れない夜を数えきれないほど経験している。
彼は、自分の働く場所の素晴らしさも理解してくれているのでしょう。
だから眠れない。
見てないようで、車が売れてないな。お金が無いのかな?など感じ取っているのでしょう。
そんな感覚を持ってくれている息子が私は好きだ。

親の七光りや、大きな力、権力の後ろ盾が無い
個人事業主は、眠れない夜があろうが傷こうが
走り続けなくてならない。戦っていかねばならない。
病気なんてここ何年もしていない(イヤ出来ないのです)

やれない理由をいい
できない理由をいい
愚痴をいい不満をいい

そして毎月、安心して給料をもらうサラリーマンやOL。
かつて私もそうだった。

一時期、スタッフが一人もおらず、一人で泣きながら、山のような雪掻きをしたっけ。
何日もお客さんがこなくても、泣きながら毎日洗車してた。
そんな時、ふらっと来て、買ってくれた人がいた。
そんな時「おてんとうさんは見ててくれるんだな」って本当に
思った。場面場面でそんな事があり本当に救われた。

今でも忘れない。
そして谷底に落ちても絶対に這い上がる。
色んな経験が少しづつ私を強くしてくれた。

父親の働く背中を見せれるのは嬉しい。
何も言わないが、少し感じ取ってくれればな。と思う。

喧嘩もすることもあれば、土下座をしなきゃ駄目な時もある。
カッコイイ親父も情けない親父も、私の生きてる間
見ててくれ。

                                    父より

画像はまだ幼い頃の長男。私も若い(笑)

下記は旧HPの「いろいろ~」にUPした「卒業」です。読んでください。

http://202.171.141.179/~kimobile/diary/diary.cgi?action=kobetu&v_no=17

http://202.171.141.179/~kimobile/diary/diary.cgi?action=kobetu&v_no=16



                       「ワイン」

かなり前の話だが、1通のメールが来た。
イタリアからよのようだ。
お店のHPがあるので迷惑メールの数は半端じゃない。
これも迷惑メールかと思っていたが。

イタリアに住む日本人からだった。彼の仕事はイタリアからクラッシックカーを日本の業者に紹介しアシストする仕事、またはイタリアで行われるヒストリックカーのイベント(たとえばミレ・ミリアなど)のサポートなどをして生活をしているらしい。

海外での車の売買は基本的に、先にお金を払い、数ヶ月かけて日本に来る。なので、新規のエージェントは正直、怖い。
何度かメールのやり取りをしていくうち、信頼に足りる方だと感じ始めていた。
数件、取引のあるショップが某有名スーパーカーショップ(ここは車は派手だが社長の姿勢が素晴らしい)と付き合いがいるのも安心出来た要因だった。

そうちに情報の中に興味のある車があったので頼んだ。
仕事はスピーディで適確、そして車が着くまでのサポートも万全だった。
その車の値段がいくらしようが彼のアシスト料は1000ユーロだ。今なら15万円。高いと思われるかもしれないが、私が現地に行く事を思えば安いものです。
オーナーと連絡を取り(もちろんペラペラだ)写真を撮り適確な情報を伝え時には交渉し輸出までの段取りをする。イタリアといえどもべらぼうに広い。結構大変な仕事なのだ。

今までに何台か頼んでいるが今のところ非常に良い取引が出来ている。「一度イタリアにいらして下さい」
以前、メールでそんな事が書いてあった。

先日、ビアンキ(車)がイタリアから届いた。
メールにて「車にワインを1本隠しておきます。盗まれなければ飲んでください。と」あった。

車を探すと出てきたのがこのワイン。アルファロメオのエンブレムがついている。何かの記念ボトルだろうか。

なかなか「粋」な方です。このワインは飲まずにしばらくは飾っておこう。

イタリア。

彼に会いに行ってみようか




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